テーマ:短歌・俳句

2019.03.05城南宮

晴天。 知人の指摘で、城南宮にある灯篭3基は大小とも均整を考慮しないことに気付いた。 紅白の梅花に囲まれた特大の灯篭につき駄句。 「無骨なる 灯篭囲む 紅枝垂れ」 「神将に 仕える采女や 宮の梅」(院政の頃を想像) この世のものと思われない紅白の枝垂れ梅は、その場を立ち去り難く思わせた。 「夢現(ゆめ…
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2019.1.1蝋梅

朝老木の蝋梅先端に一輪あるのに気付いた。昨年より早い気がするが、元旦に咲き初めて 何か今年がよい年であるように思えた。これから厳寒の季節になるが、城南宮や北野天満宮の梅花が 待ち遠しい。 「元旦や 梅一輪に 手を合わす」
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十三夜

「薄明に 月コスモスの 十三夜」 今日は十三夜。 十三夜を迎えるといつも「故郷の 鶴の港の 十三夜」(鶴の港=長崎港)という知人御母堂の句を思い出す。
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知覧

先日知覧を訪れた。 1000有余の隊員が飛び立った元基地である。 記念館には隊員の遺影・遺書が展示されていた。 父母に孝養を尽くせないことを詫びる文章、婚約者に将来に向かって婚約を忘れて生きよという 理性的な遺書の末尾に、**子、会いたい、話をしたいという文章があった。 「婚約を 忘れて生きよ その末尾 会…
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重陽

例年蝉が鳴き止む時期について、特段注意を払っていなかった。 今年は何故か気になり、9月9日頃蝉の声が急に勢いがなくなったのに気付いた。 「重陽に 残りし蝉や 声かすか」 梅・桜など開花は待ち遠しくて気になっていたが、散る頃が気になるのは、 歳のせいなのだろうか。
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蝉・熱波

今夏初めて鳴き始めたであろう蝉の躯が道に転がるようになった。 「蝉羨し(ともし:うらやましい) 鳴き果て終えし 躯(むくろ)かな」 「蝉哀し 七日歌いて 果てにけり」 「鳴きとよみ やがて果てにし 蝉躯」 「河原町 脳髄しびるる 熱波吹き」 「さはあれど 秋立つ空の 青さかな」
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薔薇(18.5.14)

須磨浦離宮公園の薔薇が満開となった。 多種の薔薇に、それぞれ名前が付けられていて「モナコ王妃」「モナコ王」「モナコ王女」(フランス語) とか「ダイアナ妃」という種類もあったが、モナコ妃薔薇が一番気に入った。 モナコ妃名 付けし薔薇咲く 須磨離宮 須磨離宮 モナコ妃名ある 薔薇ありき
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清明

今日は宝塚音楽学校の入校式。 「清明や 清く正しく 美しく」 この歌のようには、暮らせなかった過去は削除できない。 「汚れちまった哀しみは・・・・・」
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山笑う

早緑季節となった。近所の桜の花もも殆ど残っておらず、今日の強風で前に一片の花びらが落ちて来た。 「残り花 一片(ひとひら)舞(まい)て 山笑う」
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雪柳と木蓮

「ステンドの グラスに映えし 木蓮や」 「木蓮や 先にステンド グラス見ゆ」 「雪柳 その色競う 木蓮や」 「老残を 恥じて出ざりし 同期会」 「去年(こぞ)鳴きし 鶯いずく 行きにけむ」 「彼の人の 木蓮愛ずる 夢を見し」 「固陋なる 身を如何にせん 術(すべ)もなく せめて桜に 憂さを静めん」 …
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梅の花

近所の家の梅の花が咲き誇る寸前。 横を通るとこの家の家人も床しいように思えてくる。 「梅床し 床しき人も 住むならん」
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春告鳥

今年初めて鶯の鳴く声を聴いた。 「何処より 来たりしものぞ 鶯の 鳴く声聞こゆ 春は来にけり」 「四季春や 滝早蕨の萌え出(いずる) 歌口ずさむ  春は来のけり」
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春一番(駄句)

昨夜来の春一番は台風通過を思わせる風雨であった。 「春一番 何し似合わぬ 凄まじさ」 「一番の 凄まじき風 春来たる」 「列島を 北へ押し上ぐ 春一番」
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睦月駄句

「正月に 辞書買い求む 古稀の人」 「米エキス 肺腑に沁みる 元旦や」 「蝋梅や 咲き初め見んと 眼を凝らし」
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ゆく年

「白ワイン 飲みつつ聞こゆ 除夜の鐘」 「白ワイン ゆく年送る 鐘の音」
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京都紅葉(17.11.17金)

晴れ。JR嵐山駅から常寂光寺と思われる辺りに遠く紅葉が望まれる。 途中昨年訪れた宝筐院に寄った。昨年は見頃であったが、時期的に少し早かったようだ。 この寺は嵐山の中心から少し離れているのか、入場者が少なく静かに観賞できた。 いよいよ何年振りかの常寂光寺。丁度見頃で同行者に面目を施した。 中門茅葺の屋根の苔と紅葉の…
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和泉式部と西行

岩波新書「日本文化をよむ」を読んでいる。 最初に西行の話である。 著者は 「吉野山 梢(こずえ)の花を 見し日より 心も身にも 添わず成りにき」を代表作として 西行は心を詠うことのに意義を見出した人である。心は咲き誇る桜に狂おしいまでに惹かれる。 そこには身と心とが離れ離れになるのをさまざまと体験し、それに苦悩す…
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正倉院展・中宮寺(11月6日)

秋晴れ。 〇奈良国立博物館には10時に着いた。 今年も列に並ぶ覚悟をしていたが、早かったのか待つことなく入館した。 一番目の展示品は羊を写したろうけつ染めの屏風。 聖武天皇愛用の八角鏡、大理石製笛、水瓶などに興味を引かれた。 何時も感心するのは、写経や戸籍の展示物。圧倒的な中国文化を受け入れて緻密な漢文を …
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コスモス

休耕田が多くなった。 セイタカアワダチソウなどが我が物顔に生い茂っている田圃が多いが 時々コスモスの一面に咲く田圃もあり、何か救われた気持ちになる。 弥生時代以降のご先祖様が大変な苦労の末切り開い田圃を 荒れ地にするにしのびない子孫の心持なのだろうか? 「黄金なす 稲穂も消えて 秋桜(あきざくら)」
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中秋の名月

雲がかかって観ることがなかった名月を久しぶりに心行くまで観賞した。 「名月を 見入るや虫も 声潜め」 「名月や 昼間と惑い 虫静か」
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10月(神無月)

〇NHK・FM放送を聴いていて 「木枯らし」の 尺八聞こゆ 秋雨や 〇秋雨で思い出した清朝末期革命家秋瑾(女性)の遺句 「秋雨 秋雨 人を愁殺す」 〇「革命の 熱き心に 秋雨や」 〇「秋雨や メリケンフゥの 色づきし」 〇「曇る空 五、六(いつむつ)ばかり 柿の実や」
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アメリカフゥ

気が付けば街路樹アメリカフゥのごく一部の木が色づき始めた。 炎熱が過ぎ①虫が鳴き、蝉の声小さく②蜻蛉が飛び③コスモスが咲く。 何のことはないが有り難い。 「先駆けや メリケンフゥの 色付きし」(昨年も詠んだような!)
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秋の虫

昨夕突然秋の虫の声が聞こえて来た。 キリギリスなのだろうか。 あれほど鳴いていた蝉の声も少し衰えたようだ。 「風立ちて キリギリス鳴く 初秋(はつあき)や」 「炎帝の 去りし夕べや キリギリス」
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甲子園

球児らの 汗滴りし 土に蟻 応援の 絶叫消えて 蜻蛉かな 
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立秋

今年の立秋は8月7日とのこと。 歩道に急に蝉の骸が目立つようになった。 「鳴き尽きて 路上に果てし 蝉骸(むくろ)」 「蝉骸 ついばむ雀 逃げ去りし」 蝉は命の限りと鳴き通した後、地面を背にして横たわり、風に吹かれる。 本能のままに生き死ぬ。 蝉同士の愛憎もなく喜怒哀楽もないように思える。(人間の勝手…
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八月(葉月)

〇「雷神の 去るを待ちにし 蝉しぐれ」(旧作) 〇「炎帝も 暫し休むか 葉月朝」 〇「何となく 孫子ら集う 葉月かな」 〇「老成に 蚊の近寄るも 懐かしく」
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紫陽花

梅雨入り後も晴天が続き、紫陽花の色も冴えなかった。 漸く梅雨らしい天気が訪れた。(我ながら下手な句と思う。) 「紫陽花も 雨吸い込みて 甦り」 「五月雨に 水吸うてこそ 紫陽花や」 
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2017.6.10蛍観賞

蛍ツァーで県央山中谷沿いの川縁へ出かけた。 よく整備された歩道越しに蛍の飛び交うのを眺めた。 ツアーバスが訪れるだけあって、大勢の観賞者が声を出し、所々にスマホの光が点滅、写真を撮る光で 平安歌人のように、自分の魂が抜け出て、さ迷うようなしみじみとした気分にはなれなかった。 子供の頃蚊帳を吊った部屋にさ迷う蛍を…
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